二〇周年記念講演会【1:(3)発達する権利の主体】

1.障害者は障害のない人と同じ「人」である
(3)発達する権利の主体

 

 私は、障害を持つ子どもたち一人一人についての見方を深める際に、権利ということと合わせて、子どもたちに視点を移して、先ほどちょっと申しましたが、視点を移して子どもたちを見ていく。そのときにわかりやすく言えば、誰でも日々発達に向かって取り組んでいるのだ、というふうに見ていくといいのではないかというふうに考えています。

 またちょっと硬い話になてしまうかもしれませんが、developmentという英語があります。「発達」と日本語に訳すときに、developmentという英語が基にあります。これは開発とも訳せます。例えば私は専門じゃありませんけれども、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの国々などについて表現するときに、開発途上国というか、発展途上国というかというのは、実は全然違うわけです。元には同じ英語、developmentがあるのですが。

 開発というのはやはり、いわゆる先進国がいわば政治・経済・文化で、その基準から見たとき、先進国から見たときに遅れていると見なされる国を開発していく。開発によって何か得るものがあるから、開発という言葉を使うのでしょう。どういう部分を文字どおり開発すれば、自分たちの利益になるかと考えて、その国々のどの産業を発展させるかとか、どういう貿易関係をつくるかとかいうふうに考えるんだと、私は思うのです。ちょっと専門外で間違いかもしれませんが。

 人間についていうときもそうなのです。1960年代に人的能力開発政策というのがつくられました。経済審議会が1963年でしたか、人的能力開発政策というものを打ち出して、その中でわずかに職業教育の充実というところに、ちょっと軽度の障害のある人たちが取り上げられたのです。つまり人的能力を開発するというときには、やはり企業の立場から子どもや青年の力を見て、そして必要な人材を人的能力、マンパワーを開発するっていう発想になります。

 軽度の知的障害の人は、職業教育の充実の項目の中に位置づいたのですが、経済政策の中に、私の見方では、これは軽度ならば職業教育を充実すれば、低賃金労働力として働かせることができるという、経済的なメリットを考えて位置づいたのです。でも人的能力開発ですからね。開発というときには選ぶ、つまりふるいにかけて落とす部分がいっぱいある。だから先ほどちょっとお話ししたような重症の障害のある子どもたちとか、重症とまでいかなくても、職業教育をしても多分あまり得にならないだろうと思われる人々は、職業教育の充実という言葉からも漏れたのです。

 だから同じくdevelopment っていう英語を翻訳するときに「開発」とやると、どうも選択肢でいらない部分は落として、そして必要なものだけを使っていくという発想が出てくるのだと思いますが、発達という角度から見るときは、むしろ一人一人の人に即して、一人一人が力をつけていくとか、人間性を豊かにし、開花していくとかということになり、ここには例外がないのであります。

 すなわち誰かのために、誰かを選んで働きかけるというものではなくて、その人の立場に立って、その人が発達に向かって取り組んでいくのを支援するという。あるいはもうちょっとしっかり取り組もうとするときには、指導するという言葉になると思いますけれども。その人、その人に即して理解し、働きかけ、例外なくどの人も力をつけ、豊かになっていくのを保障していくというふうなことになるのですね。

 だから私は障害のある子どもたちの開発という言葉は、今では恐らく誰も使いませんけれども。発達という言葉を使って、その人たちについて言うときには、やっぱり一人一人を大事にして、一人一人に即して、その人々を理解するというふうな発想があくまでも大事にされるべきで、その人たちを支援する、指導するというときに、何をすべきか、ということが見えてくると思います。

 先ほどの、先取りしてちょっと申しましたが、滋賀県大津市のびわこ学園の取り組み、最近、かつて園長だった高谷清先生が、岩波新書で「障害の重い人々」というタイトルでしたか、そのタイトル今はっきり覚えていませんが、ごく最近出た岩波新書(注・『重い障害を生きるということ』)ですが、びわこ学園の園長だった小児科医でありますが、びわこ学園、その本を読んでいただくといいと思いますが、私が若いときに、先ほどちょっと申しました療育映画『夜明け前の子どもたち』という映画の中で、見たり、あるいはナレーションで聞いた言葉は、例えば「寝たきり」と呼んで「寝かされきり」ということではないのかと、その子の立場に立ってみればね、ということだったわけですが、もうちょっと申しますと、生きている限り、何かができるのではないか。

 仰向け姿勢を取って、周りの世界と取り組んでいるのではないかと。その子の立場で見てみると、そういうことが見えてくるのです。そういう発想でその子を理解する取り組みが始まっていくのですね。寝たきりということで、上から見ていると、まさに教育しても何になるんだとか、医療なんて必要なのかというような話になりかねないですけれども、そうではなくて、その子たちの側に視点を移して、見る目をそちらに移して見直してみると、寝かされっきりということではないのか。もっと進むと、寝かされっきりというのはまた受身的な言い方だけれども、その子たちにしてみれば、寝た姿勢で周りの世界と取り組んでいるのではないか。寝た姿勢で目を働かせ、耳を働かせ、皮膚感覚を鋭敏にして、外界の刺激を受け取り、何らかの反応をしているのではないかということに気づき始めるのです。

 例えばそういう中で、大変重症の子どもが、療育者の方が働きかけると、眼球をちょっと上のほうへ動かす、ということに気がつくのですね。動かさないときもある。イエスというときは目を上のほうに動かすのではないか。あるいは中には、目ではなくて舌をちょっと出す、そういう子もいる。これもイエスノーのイエスの表現なのではないか。だからこの子たちはただ生きているだけというのではなくて、生きている限り、私たちが真剣に働きかけると、イエスならイエスというサインを送り出してくる力があるのではないか。

 もうちょっと言えば、私たちがいまだ発見できていないサインもいっぱいあるかもしれない。でも何かサインを出しているはずだというふうに見ていく見方ですね。これが映画の中でも出てくるし、それに関連する書籍の中でもいろいろと出てきます。寝た姿勢で取り組んでいる。疑問も浮かんでくる。重症の子になってきますと、こっちを見ているように見えるのですが、視力はあるのだろうか、あるいは聴力はあるのだろうかとかです。いろいろ疑問も出てきますけれども、丁寧に見ていくと、やっぱり聞こえているらしいとか、あるいはその中でイエスと言っていることがわかってきたりして、だったらそういう、その子が喜ぶようなことをまたしてみようか、というふうなことにもなってきたりするわけですね。

 さらに映画の中に出てきますが、寝た姿勢を取って何か活動している、働きかけをしているといっても、四六時中ベッドの中で生活しているというのはいいのだろうか。ベッドから床の上に下ろしてみようか。あるいは体調がよさそうなときを見計らって、外に連れ出して、木陰で一定時間過ごさせてみようか。つまり同じ寝た姿勢を取るのでも、変化をつけてみようかと。変化をつけたときに、その子がまたどう反応を示してくるのかを見てみたい。ずっと同じ状況に置かれていたら、出てこない反応が、もしかすると出てくるのかもしれない。

 これは実は大変深刻な討論を経て、そういう取り組みがなされるのです。医療専門の方から見れば、そんな大変危険なことをしては困るということがあるし、看護師とか、保育士などからすると、やっぱりもうちょっと活動が活発化するような条件をつくってみたい。外に出してみたい。木漏れ日で光が入ってくるときに、部屋の中でいるのとは違った反応が見えるかもしれない。でも医療陣からすればそれは困る。

 こういう厳しい討論をしつつ、仮説を立てながら、少しずつ取り組んでいって、やっぱり変化が出てくる。そういう中で10何歳だったと思いますが、初めて微笑む子どもが出てくる。画面上でも本当にかすかですが、微笑む表情が捉えられます。ナレーションしていたのは、先ほど名前を挙げた田中昌人さんですが、この子が本当に微笑んだのかどうか、はっきりしない。あれですよね。生理的微笑というのがあります。また反射微笑というのがある。適度におなかがいっぱいになると、あるいは十分寝たあとに、あるいは寝ている最中でもそういうことがありますが、微笑むときがある。こういうのは生理的微笑といったりします。ほっぺをつつくとそれに反応して、反射的に笑うというのがある。けれども社会的微笑、ソーシャルスマイルというのがあって、人との関係の中で笑う。ナレーションはいわゆる専門用語でいうと、この子の笑いは社会的微笑であったのか、それとも生理的微笑、あるいは反射微笑であったのか、判別はなかなかつかない。
しかし、田中さんのナレーションは、職員の中には「確かに笑いが蓄えられた」とこういうふうに表現しておられる。これは非常に、私は学びましたけれども。本当に社会的な微笑であったのかどうか、人との関わりの中で、あるいは働きかけの中で、それに反応して笑ったのかどうか、確たることはいえないけれども、でも働きかけた私たちの中には、確かに笑いが蓄えられたと。それを励みにまた取り組んでいこうという発展がそこにある、ということですよね。こんなことがあったりして、私はびわこの取り組みに随分学びました。

 私は1970年ごろから、保育所における障害児保育の巡回相談のようなことを行なったり、あるいは通園施設という障害児のみの通園の場に行ったり、学校教育に関わったりする中で、これを活かそうとしました。


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