二〇周年記念講演会【2:(2)障害はその取り組みを制限する】

2.誰でも日々発達に向かって取り組んでいる
(2)障害はその取り組みを制限する

 

 誰でも日々、発達に向かって取り組んでいる。そして発達というときには、くどいようですけれども、ただ座っていて発達するわけではない。あるいは受身的にいろいろ働きかけてもらって発達するわけではない。子どもの側から周りを見回して、手を出し、目を働かせ、耳を働かせ、いろんなことをしながら、周りのものと交わりながら、つまり事物・事象、人間と交わりながら取り組んで、そこで発揮した力を自分の中に取り込んでいくというのが発達でありまして、どの子でもそれはできる。また我々はそれを保障しなければならないというふうに思いますが、障害はそういう活動を、多かれ少なかれ制限します。

 例えば知的障害がある場合には、物事を論理的に考えたり、推論したり、あるいは新しい事態に適応して解決策を考えていったりする、そういうところで弱さがどうしても出てきてしまう傾向がある。人間として共通の外界との取り組みをやっているのですが、その取り組みが障害によってちょっと制限されるという問題があります。そういうふうに障害は働く。

 根本は共通普遍なところを捉えながら、障害の制限をいかに小さくしていくか。周りからのサポートでどう障害を軽減していくか。活動しやすくしていくか、という観点が大切になってくるのではないかというふうに思います。私たちがこれをいい教材を準備したり、あるいは働く場であれば、働くという取り組みですね、これをどう生き生きと取り組めるように、仕事の種類を選ぶかとか。あるいはつくったものを、周りの人々が活用してくれているのを見て、また働く意欲が出てくるとか。いろんな条件づくりがありますね。

 学校だと何と言っても教材とか、子ども集団の交わりとか、そういうことが大事になってきます。働く場になってくると、働いてつくる生産物が意にかなったものであるかということもあるし、周りの人をどれだけ喜ばせるかということで、労働の意味が跳ね返ってきてわかるということもありますし、力もついていくのですが、条件づくりは非常に大事であります。

 環境のあり方、各人の取り組みの制限を強めたり、弱まったりする。私たちの具体的な日々の取り組みからいえば、取り組み方ですね。取り組みの内容や方法が発達を押し留めたり、あるいはさらに発達を保障して、前進させていったりするのだということに留意すべきでしょう。その人を見て、その人の力を計るというのではなくて、私たちの取り組みをどうよりよいものにしていくかによって、その人の力はついていったり、つかなかったりする。ちょっと厳しい見方でありますが、我々の自己反省を含めて、その人々の取り組みを見ていく必要があるのではないかというふうに考えます。


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