二〇周年記念講演会【4:(1)労働と遊びにおける「活動」の目標・計画・手段・仲間】

4.「労働」と「遊び」の関係を通して考える
(1)労働と遊びにおける「活動」の目標・計画・手段・仲間

 

 4番目に遊びと労働の問題です。遊びというのはご存じのとおり、明確な目標がないのであります。あるいは何のために遊ぶのかと、大人は自分の遊びについて考えることがあります。リラックスするために遊ぶとか、時にはそういうことでもしないと、やっていられないよ、というので遊ぶこともあると思うんです。それはそれなりの目的があって遊ぶ。

 けれども子どもは何のために遊ぶなんて考えない。遊びそれ自体が楽しい。遊ぶプロセス、遊ぶ過程そのものに動機づけられるというのが、遊びの特質であります。やっていると楽しくなって、次々と遊びを続けたくなっていく。残念ながらチャイムが鳴ったので入るということがありますけれども。だから例えば砂場で山をつくるということがあったりすると、誰かがやってきて、トンネルつくらないの?と言う。すると、最初に山をつくっていた子はトンネルつくろうなんて思っていなかったけれども、そうか、トンネルつくろうか、となるし、さらに川は?と言ういう子が出てきたりする。川つくったら、水、誰か持って来いなんていうふうになってきて、どんどん遊びは目標それ自体が変わっていって、予期しなかったようなものができ上がってきて、「すげえな、これ」とか、こういうことになってくるわけですね。

 だから案外、そこへ関係ない子がサーッと走って来て、山の上を走って行っちゃったりして、山が崩れても、あーあなんて言って、まあいいかなどと言って、またつくり直したりするっていうのが遊びであります。だから教育的にも、大体遊びっていうのはあまり理屈っぽく考えずに、思い切り遊ぶっていうのが大事なのだと私は思うんですね。

 もちろん教育の中での遊びは硬い言い方をすると、教授学的遊びという言い方もありまして、何かを教えるために遊びという形態を取るっていうのはありますけども。でもそれは本当は遊びの本質ではない。
 遊び切る、あるいは遊び込むということがある中で、実は子どもはこういうことをすると、こういう結果になるという経験を積み上げていくのです。活動とその結果、活動とその産物の関係がつかめるようになっていくということです。だから大人が意図するわけじゃないけれども、子どもは活動の因果関係をつかんでいく。

 労働というのは、恐らくそれが逆転した関係でしょう。何々をつくるという目標があって、そのためには材料が何か必要であって、そしてどういう順序でやっていく必要があって、使う道具はどれか、誰と共同するのかといったような思考活動がまずあって、あるいはでき上がったものについてのイメージがあって、それを実現するために活動する。活動して結果が出てくるのではなくて、結果をイメージしながら活動する。ここが遊びと労働の逆転する関係。ちょっと機械的に申しておりますけど、そういうことがあると思います。

 ところが知的障害があったり、自閉の障害があったりすると、作業所とかいろいろな労働の場で仕事をする場合にも、目標をちゃんと頭に置いてやってくれるとは限らない。やっているうちに遊びになっちゃう人がいて、職員はそこに支えを入れて、「これ、ほら、ここをちゃんとやらないとできないでしょう」というふうに、あるいは「ほら、でき上がったものを見てごらんなさい」と、モデルを示したりしながら、何とか目標と活動の関係を維持させようとするのですが、でも遊びになっちゃう人もいる。それはそれでいいのではないですか。


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