二〇周年記念講演会【4:(2)労働の治療的効果(3)ディーセントワーク】

4.「労働」と「遊び」の関係を通して考える

(2)労働の治療的効果


 そんなことしていたら作業所が成り立たないって声が聞こえてきそうです。けれども元々作業を取り込んだのは、精神科領域の19世紀始まりのころからのことで、作業療法と言い、作業を通して、治療的効果を考えたという歴史があります。作業所は治療の場ではありませんけれども、しかし働くことを通して、部分的にでも目標と活動の関係がわかってきて、少し大きな仕事になってくると、全部の工程の、途中も含めた目標と活動の関係は把握できないかもしれない。ここはわかってきたらしい。じゃ次はこうつないでいくといいかもしれない。あるいは働く仲間の人が一緒にやってくれると、それが支えになって、少し目標と活動の関係をわかってくるというようなことが起こってくるのではないか、と考える。

 だから私は、発達過程は人によって早い人もいるし、ゆっくりの人もいるし、あるいはちょっとそれて、しばらく違う方向で動いちゃう、そういう人もいるわけですが、その多様性を認めながら、どうやって活動と結果の関係をつかむようにしていくか。あるいは結果と活動の関係をつかむようにしていくか。そこはかなり辛抱強い、職員の働きかけが必要になってくるのではないかというふうに思います。

 残念ながら我が国の今の作業所の実態は、職員も相当働いて、生産物をつくらないと、作業所としての収益が得られにくい。そのためにそういう目から見ていくと、障害のある人々の働きぶりが、いらだちの基になったりする場合があるわけです。しかし本当はもうちょっと緩やかに見て、その人その人なりの仕方で労働活動に参加して、そして人間の大変重要な特質である結果をイメージしながら活動するという力を、どう蓄えていくか。それに10年かかったっていいじゃないか。あるいは20年かかったっていいじゃないかというふうな考え方と条件整備が求められると思います。


(3)ディーセントワーク

 だからもっと言えば、作業所というだけではなく、一般就労の場においても、そういうことが本当は認められるような障害者の労働の場が、条件整備がされていく必要があると私は考えております。それは効率を重んずる企業の論理には合わないかもしれないけれども、今、世界の障害者運動の中で、確認されてきていることの大事な点は、やっぱり障害のせいにして、あれこれものを考えるのではなく、環境を整備していくと障害者がどれだけ力を発揮できるか、あるいは障害者のニーズが満たせるかという方向で、障害者を変えることも1つの課題であるけれども、もっと大きいのは、障害者をめぐる環境をどう変えるかということだと思います。

 ですから今の作業所でやれること、やるべきことがいっぱいありますが、同時にもうちょっと視野を大きく持って、一般の企業のあり方の問題のことも、障害のない健常者も十分人間的な労働ができないような状況になっていますから、一足飛びに障害者が働きやすい状況にする力はないけれども、しかしちゃんと位置づけてもらえて、力を全面的に発揮すれば評価してもらえるような社会をつくる。これはちょっと先になるとは思いますが、そういう展望の中で作業所のあり方もやっぱり考えていくと、少なくともあんまりイライラしないで済むのではないかと思います。 ディーセントワーク(decent work)という言葉がありますが、文字どおり、人間的な労働をつくり上げていくために、先ほどちょっと申したように、発達の速度が違う、発達の経路がちょっと違う人もいる、そういうことも許容した、含み込んだ労働のあり方、労働の保障のあり方、それがちゃんとできていくと、実は働くことを通して、さらに発達していくということができるのだと、私は思います。いろんな場で障害者の作業所の作品が売られたりしてしています。そういうところで売っている障害者の顔を見ると、お客が来て買ってもらえるということは嬉しそうですね。

 私も東京都内の区や市で、障害者の施策の推進協議会の委員になったり、政策づくりに参加しておりますが、働く場がどれだけあるか、それが結局小さいときからの療育とか、学校教育とかの最後の集約というわけではないにしても、大変重要な結び目が労働の場だと私は思います。そこのところが、目が詰まっちゃっていて、出口がないような状況だと、やっぱり困るんではないかと私は考えます。


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